2012年4月27日金曜日

特講「みらい科」「ふしぎ科」のメッセージ


4月27日


本校独自のこの2つ授業は、この学校が大切にしている「かかわり」「連帯」「共生」といったテーマを独自の方法で豊かに表現しています。

昨日の「みらい科」の授業を覗いてみました。「わたしのせいじゃない」という絵本からつくった小さな劇をとおして、自分の「ことば」を考える授業です。自分の他者への「ことば」は、大きな力です。生きる勇気を与えることも、深い傷をつけてしまうこともできる「一言」の威力。ことば一つでプラスにもマイナスにも、そのパワーの方向性が決まってしまう、そのことに気づくことができる魅力的な授業です。

みらい科は、本校A類型の特講科目で、「自分」を豊かに知ること、「他者」とかかわって生きること、そのことに伴う喜び、痛み、困難、発見、感動、それらを丸ごと味わう授業です。かかわらずには生きていけない私たちが、自己を磨き、他者を大切にすることが、実際にはどういうことなのか、当たり前のような事実が、実は驚きと発見の連続であることを生徒たちは学びます。


一方、「ふしぎ科」はB類型の特講科目です。昨日はまさしく、私がいつも考えている「連帯」と「共生」がテーマでした。本校の立地条件、銀閣寺から南禅寺まで、南北に走っている哲学の道、そして、学校から徒歩5分で行ける法然院という素晴らしいロケーションがそのまま教材です。

たとえば、法然院に棲む生物たちについて学んだこと、それは、森に棲む生き物たち、ムササビや木々やキノコたちが、どのように共に生きようとしているのか、それを知ることは目を見張る驚きに通じます。私はキノコたちが木々に助けられて生きているのは知っていましたが、木たちがキノコ類にこれほど助けられているのだということは知りませんでした。深い感動でした。では人は、どのように住まわせてもらえばいいのだろうか。それを考えてしまいます。森とそこに棲む生き物たちとが互いに最高のバランス感覚でもって共生しているのがわかれば、人がそこで連帯して同様のバランス感覚を持たせてもらうには、もっと知らねばならないこと、考えねばならないしくみ、できる工夫がたくさんあるはずです。

「みらい科」「ふしぎ科」を受けている中学3年生は、人が世界の中で生きていくことについて、この学校にしかない方法で学んでいると言えます。そのことを学校長として誇りに思います。








2012年4月24日火曜日

教室に掲げられた聖句

4月24日

4月19日付けのブログでお約束したとおり、今日は、教室にかかっている聖句について、お話したいと思います。現在、25のホームルーム教室、15を超す特別教室の黒板の上部に、聖句がかかっています。どれ一つとして同じ言葉はありません。生徒はお友達のホームルームを訪ねると異なる聖句に出会います。そして特別教室に移動した時も同じです。

今年に入って、この聖句の装いが新たになりました。今年お祝いする60周年に因んで、ある卒業生の方が、この聖句が入る校内のすべての額縁をご寄贈してくださることになったのです。本当にありがたいことです。この学校の魂、すなち神様の息吹のほとばしりが、より鮮明に伝わってきます。特別教室の聖句は、シスターアスンタ福島先生の肉筆による聖句です。私が生徒の頃に、ずっとこの学校で書道を教えてくださっていたシスターが、修道院で心を込めて書いてくださったものを、先日頂きにいって参りました。私の感謝の気持ちが溢れています。特別な和紙だったせいか、あるいは私の気持ちが引き締まっていたせいか、シスターから託った時、ずっしりと重く感じました。

新しい額と新しい書、これが今、教室の十字架の横に掲げられています。どうか、一句一句のみ言葉が、在学中の生徒たちの魂にしっかりと届き、彼女たちの生涯にわたって生き続けるものとなりますように祈ります。



 


2012年4月20日金曜日

その眩しさは神様からの恵みのしるし


4月20日

今日は、ノートルダム学院小学校の児童の皆さんをご招待しての、オープン・スクールを行いました。鹿ケ谷と北山という、お互いに離れたところにあるために日常的な出会いが多くありません。そのために、今日の午前中の半日、児童とその保護者の皆さんに日頃の女学院の雰囲気、クラブ活動や楽しい授業の数々を見ていただきました。本校の生徒の皆さんもご自身のできるところで満面の笑顔でのお手伝いを誠にありがとう。きっとノートルダム女学院の魅力が、あなた方によって、豊かに伝えられたと確信しています。

特別に卒業生も、今日は児童へのスピーチの応援に来てくれました。豊田桃子さん、松田眞子さん、新屋祐希さん。いずれもこの春に卒業したばかりのフレッシュ・パーソンたち。豊田さんは神戸大学経済学部、松田さんは畿央大学健康学部へ、新屋さんは京都大学医学部医学科へ、それぞれ進学されています。彼女たちはいずれも女学院が大好き、女学院で自己実現への道を見つけられたと確信を強くもっている人たちです。

豊田桃子さんは、希望大学への現役合格と共に、本当に多くの女学院での学校行事の数々を、イニシャティブをもって取り組み、大好きな新体操も続けられた秘訣は、女学院での一日一日が本当に充実していたからだとおっしゃいました。とにかく学校の授業をしっかり受ける。質問をしまくってその日中に解決するものは解決する姿勢を大切にしたことも。彼女の話を聞いていると改めて、女学院の素敵さが伝わってきます。できるものなら、私ももう一度、ここの生徒として生きたくなります。

松田眞子さんは、他の二人の同級生とともに、課外レッスンとして校内で続けておられた華道で、高校3年生で「花の甲子園」に出場、そして全国大会で北海道の高校に次いで準優勝になるまでのプロセスについて、自分を磨く素晴らしい体験であったことを、彼女らしい穏やかで丁寧な語り口で話してくださいました。誠におめでとう!

新屋祐希さんは、超難関といわれる京都大学医学部医学科へ現役で入れたことは、女学院での日々があったからです、と確信に満ちておっしゃいました。我が姉妹校であるアメリカのセントルイス・ノートルダム・ハイスクールに休学せず一年留学したことがきっかけで、勉学に目覚める彼女は、帰国後たった1年半以内の短時間で、やるべきこと以上をやり遂げられ、達成された実績はあまりにも大きいです。

3人の人たち、私はあなたがたを心から誇りに思っています。女学院の空気を思いっきり吸って、キラッと光るそれぞれの宝物を探し当て、それを大切に飛び立たれたあなたたち。あなたたちは、今日とても輝いていて私には眩しいくらいでした。次に会える時には、さらに眩しく感じることでしょう。この眩しさこそが、私を、そして学校を生かしてくれる神様からの恵みのしるしです。

新屋祐希さん(向かって左) 豊田桃子さん(向かって右)  松田眞子さん

*個人情報は本人の承諾を得て掲載しております。

2012年4月19日木曜日

花はなぜ美しいか


4月19日


私がノートルダム女学院の生徒だった頃、いつも教室の後ろの黒板に、担任のシスターが折にふれてことばを書いて下さっていました。聖書のことば、詩人の作品、あるいは祈り。今から思えば、私の若かりし日々の魂にどんどんと栄養を送って下さっていたのです。
その中で、私が決して忘れることができない詩があります。命がみなぎっているこの春の一日に、皆様に分かち合えることを嬉しく思います。


花はなぜ美しいか 
 ひとすじの気持ちで咲いているからだ
                             八木重吉


この詩から八木重吉という詩人を知りました。29歳の若さでこの世を去られたことを後に知りました。1行か、多くても5行ぐらいまでの短い詩は、ほとんど覚えられてしまうぐらいです。彼の透明な、単純な、そして伸びやかで、とてつもなく強い神への信仰を仰ぎ見る思いがします。

この黒板での出会いをきっかけに、私は八木重吉の詩を覚えてしまうほど読みました。中でも私が愛してやまない2編をお届けします。

○小さなカードにしたためて、毎日の聖書に挟んでいる言葉はこれです。

ゆきなれた路の
 なつかしくて耐えられぬように
 わたしの祈りのみちをつくりたい 

○自分自身の生き方への永遠の憧れはこの詩が表現してくれます。

空のように きれいになれるものなら
 花のように しずかに なれるものなら
 値(あたい)なきものとして
 これも 捨てよう あれも 捨てよう

現在、ノートルダム女学院のすべてのHR教室と、特別教室の黒板には、聖書のみことばがかけられています。どれ一つ、同じ文言はありません。今度のブログで、そのうちの幾枚かの写真をお届けします。きっと、若かりし頃の私のように、いつまでも心の中にあり続ける一句を、生徒たちが自分で見つけてくれればと願っています。

2012年4月16日月曜日

図書室にて~エドヒガンに想いをよせて

4月16日

今日から全校あげて、図書館での朝のホームルームが始まりました。今日、中学1年生1クラスからスタートです。キャロライン館3Fに位置する図書室、それは大変落ち着きのある、精神的な空間です。窓から見える元修道院の建物の佇まいが、静謐さをさらに深めてくれているのでしょうか。毎朝、1クラスずつ、図書室でホームルームを行うという取り組みは、全校生がもっともっとこの部屋を自分の空間と感じてほしいという願いが込められています。図書室を入ってすぐの木製シェルフには、先生たち全員で作成した推薦図書コレクションが今年初めてお目見えしました。100冊を超える選りすぐりの良書の数々を、生徒たちが興味深く手にとっています。また後に、このブログ上でお知らせしたいことの一つ、「あなたに勧めるこの一冊~ノートルダム朝読書の道しるべ」というブックレットと美しく連動した取り組みです。

ところで、前述した元修道院の建造物の一つである純和風建築は、「和中庵」と名づけられた大正末期の建物です。私たちは昔から通称「御殿」と呼んでいて、特別な時に招いて頂ける場所として畏敬を込めた親しみを感じていました。今日現在、私の立っている窓際と和中庵の間には、エドヒガン(江戸彼岸)と名づけられた桜の名古木が見事に満開を迎えています。手を伸ばせば届きそうな程の近さに、樹齢200年とも言われるその古木が精一杯、その繊細な枝を広げてくれています。豪華絢爛というよりは、奥ゆかしく静かに、枝々に散りばめられている桜花たち。「あなた方はレディーになりなさい」と言われた初代校長シスターメリーユージニアも、きっとこの季節に同じ花々を眺められたはず。60年後の今日、私はそのようなことを考えながら、生徒たちが知の探究に入っているこの部屋の窓のそばに佇んでいます。日々の豊かな心の栄養を本棚から、まだ窓の風景からもふんだんに与えてくれるこの図書室という特別な空間が、これからも生徒たちの優しき同伴者になってくれることを願っています。


2012年4月12日木曜日

高校3年生の黙想会~前途を御手に委ねます

4月12日


4月10.11日は高校3年生全員を対象にした黙想会でした。二日間、授業をせず神父様による「講話と黙想」を5セッション継続。魂を磨く時。中学1年生から高校2年生までは年が明けた1月の始業と共に行いますが、高校3年生だけは、進路を具体的に見据えた卒業の年にあたり、自分の生き方を見つめ直して新たに飛躍するために、魂にさらに磨きをかける時としてこの時を選んでいます。今年は名古屋から、神言会の森山勝文神父様をお招きしました。神父様は、時間と心と労力をかけ、綿密に準備してくださいました。心から感謝いたします。

今回のテーマは「ノートルダム教育のミッション・コミットメント」。ノートルダムで学ぶ私たちの具体的実践として、聖母マリアの生き方を背景とした「尊ぶ・対話する・共感する・行動する」の4つの動詞を、私たちは自分自身の日常でどのように生きればよいか、このことを深く掘り下げていきます。私も時間の許す限り、生徒たちと共にセッションに参加しましたが、あらためて、聖母マリアという一人の女性を、現代のコンテクストで仰ぎ見ることの意味の大きさを感じました。

今年から新たに、黙想会の総仕上げとして、二日めにあたる昨日の午後は、河原町教会でミサに与ることにしました。恵みの雨の下、桜満開の京都の町をスクールバスで移動。初めてこの聖堂に佇む生徒たちも多く、美しい彩りのステンドグラスを眩しそうに見上げています。ミサに先立ち、本校卒業生であり、河原町教会のオルガニストもされ、全国各地でコンサートを展開されているオルガニストの桑山彩子先生に、パイプオルガンによるメディテーションの時間を頂くことができました。聖堂に座って、静寂のうちにオルガンの音色に耳を傾けます。一人ひとり心がほどかれて自由になり、いつしか隣りに座る友人を知りながらも、神と私の静かな対話の時間に入っていきます。そのような潤う時間を創ってくださった桑山先生には感謝の言葉しかありません。生徒一人ひとりの魂にとって、贅沢にも栄養価の高い食物をふんだんに与えて頂きました。

ミサは、5つのセッションで積み上げた内容の総仕上げの時間、この新しい学年、ノートルダムでの最後の年を、自分らしく精一杯生きることができるよう、森山神父様による祝福も一人ひとりが受けました。どうぞこの新たな学年が神の祝福で満たされたものでありますように。一年後の今日はきっと、それぞれの場所で新たな夢に向かって励んでいるに違いない彼女たちの横顔を見つめながら、その前途を神様の御手に委ねました。「種を蒔き続けるのは私たち、育てるのは神様、あなたなのですから」とつぶやきながら。






2012年4月9日月曜日

あなたに知ってほしい3つのこと


4月9日

入学式から3日がたって、校門の桜がちょうど7分咲きです。なんと美しいのでしょう。新入生たちの制服も、たった3日で随分美しく着こなせるようになったと思うのは私の錯覚でしょうか。
入学式の式辞で、私は新入生に知ってほしい3つのことを彼女たちに申し上げました。

1.あなた方は、一人残らず、神様から愛されてこの世に生まれ存在しているのだということ。だから一人ひとり、大切で尊い。あなたも、あなたのお隣に座っているお友達も、後ろに座っているお友達も、みんな尊い大切な存在であることを知ってほしい。


2.あなた方は、神から一人ひとり与えられた固有で豊かな力を必ずもっていて、それを開花させるように招かれているということを知ってほしい。その力はやがて、この世界であなた方が神様が一人ひとりに担うように望まれている大切な役割、使命とは何かを見出す力となっていくのだということを知ってほしい。


3.この世界は多様な人々が一緒に生きていること、人間はもとより生きとし生ける命たちはすべて調和の中で生きている。この多様性は豊かさであり、それらのもの同士がつながり合う時、一人単独ではあり得ないすばらしい力に変容し、やがては世界を善へと導いていくということを知ってほしい。

この3つのことを、この学校で考え、祈り、深めていってほしい。ここノートルダムは、皆さんがそれらを確信するに至るまでに、あらゆる方向からサポートしたいと願っているのだから、と心を込めて話しました。

明日から本格的に授業が開始です。式中で一人ひとりに私から手渡した校章を胸に輝かせて、皆さんがどうぞよいスタートが切れるように、祈っています。




2012年4月5日木曜日

新しい年、手渡される校章


4月5日


2012年度が明けました。寒さは確実に緩みましたが、私自身の心は引き締まります。明日の入学式で、新たに迎える生徒たちに、式の中で手渡す校章が、整然と並べられています。一つひとつに目を落としながら、この校章を胸につけられる一人ひとりに思いを馳せています。どうか、彼女たちのこの学び舎での日々が、神の祝福に満ちたものであるようにと、校長室で一人、祈りを捧げています。


このブログをご覧の皆様、ノートルダム女学院中学・高等学校の校長室より、不定期に更新していきます。とうぞ時々、覗いてみてください。
新年度に、私の好きな祈りの一つをご紹介させていただきます。


主よ、
変えられないものを受け入れる心の静けさと
変えられるものを変える勇気と
その両者を見分ける英知を我に与え給え。


God, grant me the serenity to accept the things I cannot change
Courage to change the things I can, and
Wisdom to know the difference,
ラインホールド・ニーバー(Reinhold Niebuhr)